弁理士にできるのに弁理士ができると思っていないこと-参考図書編-

弁理士にできるのに弁理士ができると思っていないことについて、以前書きました。

特許を扱う弁理士は、「解決しようとする課題」と「解決するための手段」という二つの概念を切り口として技術を整理する能力を鍛錬していて、企業がその事業で何を課題としてどのような手段でそれを解決していくのかを考える素地があるのであるから、「技術」という縛りを一旦忘れて、事業に正面から向き合えば、より価値のある貢献をできるという内容です。

以前の投稿では、特許を扱う弁理士について主に述べており、意匠・商標を扱う弁理士については、必ずしもそのまま当てはまるものではありません。しかしながら、意匠出願であれば、どの線を描くか、描くとしてどれを実線にしてどれを点線にするか、商標出願であれば、商品役務をどこまで具体的に記載するか、そして両者に共通して、類比判断の論理構築など、抽象的な概念の操作は出願代理業務における基本動作として共通しており、出願代理業務の経験を重ねることは、弁理士全般にとって、企業がその事業で何を課題としてどのような手段でそれを解決していくのかを概念的に整理して考える素地になると考えます。

未解決の問題

そうは言っても経営に携わったことはないから敷居が高いという声もあります。

この問題、すなわち経営的な経験不足の問題は、知識のインプットで解消可能な性質のものなので、私が読んできて特に有益だったものを参考図書としていくつか挙げてみます。

参考図書

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー

ハーバードビジネススクールの機関誌『Harvard Business Review』の日本語版で、定期購読しています。時々の経営課題を取り上げた記事が掲載されていて、毎月目を通すことで経営上問題となる事柄、経営者の関心事項等について自分を慣らしていく上でよい機会となります。

スタートアップに対する知財支援に関心のある方には、高宮慎一 (2016)「起業から企業へ:4つのステージの乗り越え方」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』41巻8号40-55頁の一読をお勧めします。スタートアップのシード、アーリー、ミドル及びレイターという4つのステージについて、各ステージでクリアすべきマイルストーンによって定義がなされ、スタートアップの特徴がコンパクトに纏められています。

今枝昌宏 (2014)『ビジネスモデルの教科書』

「ビジネスモデル」を戦略を支える仕組みとして位置づけ、31例の成功パターンを紹介する。それぞれのパターンについて、実際の会社名を挙げ、競合優位性がなぜ得られるのかが解説されており、優位性が生じる仕組みを幅広く学ぶことができます。筆者自身、有効な戦略を立案するためにはアートが求められ、場数を踏むことが避けられないが、ビジネスモデルの定石を型として身につけることによって、戦略を生み出す力を高めることができると解説しているように、これらのパターンを型として学ぶことで新たな事業についてすみやかに理解し、議論をする基礎となります。

三谷宏治 (2014)『ビジネスモデル全史』

14世紀のメディチ家から2010年代のスタートアップまで、多様なビジネスモデルをストーリー仕立てで読むことができる一冊。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューは月刊であるので幅広い視点を得るには時間を要し、今枝氏の書籍は多数の実例からパターン化しているので一読しただけでは理解が難しいところもあります。この書籍は、まずは幅広くビジネスモデルに触れ、経営の視点を意識する契機になります。

事業目線をもった弁理士となるために、自ら新規の事業を立ち上げた経験が求められるわけではありません。そうした事業を立ち上げ、あるいは経営する方と目線を合わせ、その上で知財の議論をすることができればよい。そうおもえば、基礎的な知識のインプットをしてしまうことで、経験不足の障壁は大幅に低くなるので、是非どれか一冊を手に取るところから始めてみてほしいです。