弁理士にできるのに弁理士ができると思っていないこと  

弁理士にできるのに弁理士自身が自分にできると思っていないことについて書いてみようとおもう。言い換えると、弁理士というものの可能性について書いてみたいとおもう。

弁理士の基本動作

特許を扱う弁理士にとって、もっとも多い案件は、依頼者から発明の説明を受け、それを特許出願すること、そして特許庁の審査対応をすることだ。そこで中心的役割を果たす二つの概念が「解決しようとする課題」と「解決するための手段」である。この二つの概念を切り口として技術を整理して特許法上の「発明」として捉えるというのが基本動作であり、経験を積んだ弁理士であれば、このプロセスを数千の技術について行っている。

この二つの概念は、実は技術に限られるものではなく、より広くさまざまな事業を分析する上でも通用する。技術が何かしらの課題を解決する手段であるように、単純化してしまえば、事業も社会が抱える課題を解決する一手段と言える。「技術」という縛りを一旦忘れて、純粋に、依頼者はその事業で何を課題としてそれをどのように解決していくのかを考えていくことは、弁理士の基本動作と親和性が高い。

「事業」という森、「技術」という木

特許が事業の成長にあまり役に立たないという声も少なくない。その一因は、弁理士が自らの職能を「技術」の「発明」としての概念化に狭めていることにある。「事業」という森をみることなく、「技術」という木の特許化に留まっているのである。森をみたら、特許化すべき正しい木はその木ではないかもしれないという可能性が排除されている。

そうではなく「事業」の説明を受け、「事業」が解決すべき課題を理解した上でそこで用いられる「技術」の「発明」としての概念化をしていけば、特許と事業は自ずと同じ方向を向くことになる。

弁理士のこれから

もちろん、事業を理解したら、特許制度を活用すべき側面が見出されないこともある。そのときは、仮に依頼者が望んでいても、特許出願には適さないと助言すべきである。多くの弁理士は、特許出願前の相談につき報酬を頂くことに不慣れで、特許出願をしてもらわないと対価を得られない傾向にある。「技術」ではなく「事業」から話を聞くようになれば、特許出願に適さないことが多くなり、負担がさらに増えるであろう。弁理士は旧来の報酬体系を見直すべき時期に来ている。

報酬体系という課題を抱えているものの、弁理士は、その職能を事業の成長への貢献と再定義することも非現実的なことではない。起業家・投資家と近い距離で働いてきて、そうおもう。多くの弁理士がそのようにおもうようになれば、知財の役割が大きくなる時流の中で、弁理士というものに対する外からの印象も変わっていくだろう。