30分で出来る、スタートアップの初めての商標出願

スタートアップの新サービスについてお伺いしていると、起業家が思い描く未来の姿が私にも見えてくる瞬間があります。この瞬間は何よりも心が躍ります。起業家は千差万別でみなさんさまざまなストーリーをおもちですが、それぞれのストーリーはプロダクトとして形になり、プロダクト名はそれをシンボリックに示します。

しかし、しっかりと考えて決めたプロダクト名が突然使えなくなったり、類似する名前を後発の他社が使い出したりしたら、蓄積してきた評判や信頼が傷ついてしまいます。プロモーションのアクセルを踏み込む時期であれば大きな問題になりますよね。

商標権は、こうした問題を未然に防ぐことができ、少なくとも「これで行こう」と決めたプロダクト名については権利取得をしておくことが必須です。商標出願には複雑なものもありますが、プロダクト名のひとまずの申請であればさほど難しいことではありません。申請のプロセスをカンタンに説明します。

事前準備

商標は、名前と用途の組み合わせです。たとえば、2017年2月24日に任天堂株式会社に不正競争防止法違反等を理由に提訴された株式会社マリカーは、マリオなどのコスプレ衣装で公道カートに乗れるサービスに関連して商標権を取得しています(第5860284号)。「マリカ―」という名前につき、「自動車の貸与及びこれに関する情報の提供」「車体を利用した広告」「インターネットを利用した広告」といった用途が指定されています。

このように、プロダクトの名前とその名前を用いて行う予定の事業について事前に整理をしてみてください。

注意点として、たとえば「apple」という名前を「りんご」を用途ととして誰かに商標権が与えられてしまったら、「りんご」に「apple」と書いて販売すると商標権侵害となってしまいます。こうした独占的な権利付与に適していない名前と用途の組み合わせについては商標登録を受けることができません。造語であればこうした制約はないので安心です。また、「apple」のような既存の単語であってもその意味合いが一般名称として理解されている用途でなければ、「コンピュータ」を用途として「apple」が登録できているように、商標登録を受けることができます。

不安があれば、出願しても登録にならない商標について特許庁が説明しているこちらの「1.自己と他人の商品・役務を区別することができないもの」をご覧ください。

商標調査

商標出願しようとする名前と用途の組み合わせが既に他社により申請中であると審査に通りません。ですので、特許庁のデータベースで調べておきましょう。特許庁のデータベース「J-PlatPat」にアクセスして「商標」→「商標検索」を選択して二つ目の検索項目のプルダウンから「称呼(類似検索)」を選択し、カタカナで申請対象の名前を入力します。似たものが出てこなければOKです。J-PlatPat_商標検索画面_20190915似たものが出てきたときには用途まで含めて似ているかを確認します。問題の先行商標を選択して「商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務」という欄に用途が記載されていますので、ここをみます。

願書作成

事前調査で問題がなければ、願書作成に進みます。願書はこちらから。プロダクト名をそのまま申請する場合には「標準文字」と記載された方をダウンロードいただき、ロゴで申請する場合には【標準文字】という記載のない方をダウンロードします。願書の記入例もご確認いただければとおもいます。

願書を完成させるためには、用途を商標法上のルールに沿って記載することが必要になります。用途は、商標法では「指定商品」又は「指定役務」と呼ばれ、1類から45類までの「区分」と呼ばれるカテゴリーに分類されています。類似の事業を行う企業があれば、その会社のプロダクト名で商標調査をして、指定商品又は指定役務の記載を参考にするとよいです。参考情報なので、厳密には類似企業ではなくても広めにみてみることでヒントが得られます。

基本的な指定商品又は指定役務は、商標法施行規則の別表に示されており、こちらで「別表」と検索いただくと分かります。アプリであれば、9類の「電子計算機用プログラム」が関連してきます。ウェブサービスであれば、42類の「電子計算機用プログラムの提供」などです。また、アプリ・ウェブでどのようなサービスを具体的に提供するのかという視点も必要です。

特許庁のデータベース「J-PlatPat」にアクセスして「商標」→「商品・役務名検索」から過去に用いられた指定商品又は指定役務の実例を検索することもできます。

特許庁に対する出願料(特許印紙代)は指定商品又は指定役務の区分数により大きく変動しますので、今後行う予定の事業をどこまで広く押さえるかを予算に応じて決めてください。

出願料は改訂されることもあるため、こちらで最新の情報をご確認ください。2017年2月24日時点では、3400円+(区分数×8600円)です。初めての商標出願であれば、2区分前後が適切なケースが多いです。

商標出願で一番難しいところはここで、指定商品又は指定役務を適切に指定するためには商標法についてのさらに深い理解が求められることもありますが、事業の進展、プロダクトの知名度に合わせてさらに必要となった用途について追加で申請することもできますので、費用が大きくなりすぎないようにまずは直近で取り組む事業に絞ってもよいでしょう。

願書提出

願書が作成できたら、特許庁に提出します。特に似た商標との関係では先に出願した会社のみが登録を受けられますので、出来るだけ早めをお勧めいたします。

特許庁に持参する場合には、特許庁に入館して一階に特許印紙売り場がありますので、必要な額だけ購入して貼付します。そのまま一階で提出してもよいですが、地下一階のコンビニでコピーを取ってから提出すると受領印をもらうことができます。

特許庁に郵送する場合には、こちらをご覧ください。

持参のよいところとして、窓口で形式的な不備がないか確認してもらえる点があります。困ったら特許庁に電話して聞いてみるのも有効です(03-3581-1101)。

商標登録

提出後、数週間で紙で提出した願書の電子化手数料の納付書が郵送されてきますので納付してください。通常であれば、4月前後で審査結果が特許庁より届きます。無事登録査定となれば、設定登録料を納付して商標権が成立です。

登録料の詳細はこちらです。2017年2月24日時点では、10年分で区分毎に28200円、5年分で区分毎に16400円となっています。

終わりに

商標によっては難しい判断が必要となるものもあるものの、30分もあればご自身でさっと終えられるケースも少なくありません。安心して事業に集中できるよう、プロダクト名がしっかりと決まったら是非早めに。

2019年1月26日
現在、審査結果が特許庁から届くまでに8月程度要しています。
2019年9月15日
現在、審査結果が特許庁から届くまで10月程度要しています。また、リンクが一部切れていたためアップデートなどしました。
2020年5月23日
現在、審査結果が特許庁から届くまで12月程度要しています。また、リンクが一部切れていたためアップデートなどしました。
2021年2月13日
軽微な修正をしました。
2023年1月7日
現在、審査結果が特許庁から届くまで6月前後要しています。また、リンクが一部切れていたためアップデートなどしました。

新しい名刺

六本木通り特許事務所の名刺ができました。

弁理士大谷の新しい名刺

いままでいただいたさまざまな名刺を拝見しつつデザインを決めたのですが、弁護士の方々の名刺をじっくりと、細かいところまで気にしてみてみると、ある種自らの仕事への矜持のようなものを感じるものがいくつかありました。

ここ数年、私自身弁理士ではあるものの弁護士の方々とご一緒する機会が多く、携わってきた仕事もどちらかというと裁判所寄りです。裁判所の仕事、つまり訴訟案件は、裁判所に出頭する期日の前に数十頁の書面を提出し、当日はその内容を踏まえて裁判所の指揮に従いつつ、場合によってはその場で議論もして次回の期日へと続いていきます。

当日に口頭で話すことも大切ではあるものの、あらかじめ提出する書面でどこまで説得的な主張を示すことができるかが肝となり、論点の強弱、議論の流れといった内容面はもちろん、それをいかに視覚的に伝えるかということにも心を砕きます。そこでは見出しの有無、効果的な引用、下線の引き方、改行箇所など、ともすれば些末な形式面も大切な要素となります。

特許実務、より広くは紛争実務は、細部へのこだわりが結果を左右します。そうした細部への執着が感じ取れる名刺がいくつかあり、ロゴなし色なしの白黒のみで緊張感のあるデザインを目指してみました。

もちろん改善の余地はあるのだとおもいますが、SONYがロゴのデザインにこだわったように、時間をかけてもっとも美しいバランスの名刺にしていけたら、そのためにも一つ一つ、依頼者の期待値を超える仕事を重ねていけたら。名刺と向き合い、そんなことを感じた一日でした。

SONYのロゴの変遷

(https://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/SonyHistory/2-23.html)

六本木通り特許事務所設立のお知らせ

弁理士大谷は2017年1月、渋谷から赤坂そして霞が関までを結ぶ六本木通りを拠点として、未来を変えていくスタートアップを最先端の特許実務で支える特許事務所を設立いたします。

2006年に特許というものに触れてから10年間、さまざまな経験をしてきました。

日米大手のグローバルな発明の権利化、日韓米仏の大企業間での東京地裁・知財高裁における権利行使、米国企業の日本でのライセンス活動、大型M&Aにおける知財DDなど、依頼者の事業に大きく影響を与える案件に携わってまいりました。答えのない、未解決の論点に取り組む機会に恵まれました。

こうした大手の困難な案件とともに、2012年からの4年間は創業期のスタートアップの案件にも注力し、特許出願、商標登録出願、資金調達時の知財DD、契約書知財条項のレビュー、特許戦略・知財戦略のセカンド・オピニオン、大手からの権利行使の防御、他社特許のデザイン・アラウンド、訴訟戦略の立案実行など、最先端の実務に基づく実践的な支援を行ってきました。

新たな価値を生んだ者が称えられ、さらなる創作に注力するゆとりを与えるのが特許制度、さらには知的財産制度の役割であり、新たな価値への挑戦にすべてを賭けたスタートアップこそ、この制度の恩恵を最大限に受けることができるはずと考えています。

2017年からは、スタートアップ、そして成長を遂げたのちも起業家精神を失うことなく新たな挑戦をし続ける企業の成長に、私自身常に成長し、柔軟な視点を失うことなく尽力してまいります。

特許出願に取り組むスタートアップに弁理士が聞くべき7つのポイント

未来を変える発明は、大企業や大学の研究所だけでなく、創業間もないベンチャー企業でも生まれています。むしろ「オープンイノベーション」が近年大きな注目を浴びているように、小回りの利く、失うもののないベンチャー企業が投資家からの資金を元手に圧倒的な成長を目指して会社を立ち上げる中で、現状の課題を新たな角度で捉え、そして解決していく発明が次々と生み出されていると言えるでしょう。

しかし日本でいえば、約30万件の特許出願のうちおおよそ90%は大企業によるものであり、特許出願という市場の中でみると、スタートアップによる特許出願はせいぜい数%。経済的な観点からは、特許出願を支援する弁理士にとって、一般に優先度が低くならざるを得ません。その結果、弁理士とスタートアップとの間には大きなギャップがあります。

私は偶然、友人からの紹介、職場の弁護士からの紹介といった身近なところから始まり、投資家、既存依頼者からも紹介いただけるようになり、ここ4年程で20社前後のスタートアップの出願を代理させていただく縁に恵まれました。その中で、スタートアップによる特許出願を実りあるものとするには何に気を付けるべきか試行錯誤し、改善を積み重ねてきました。

スタートアップとしては弁理士に何を話せばよいか分からず、弁理士としてはどこから聞けばよいか分からないという場面も少なくないのが現状であり、まだまだ道半ばではありますが、これまでの私なりの気付きを書いてみたいと思います。

はじめに

スタートアップとのミーティングには、基本的に創業メンバーなど役員が入ります。特許出願の対象となる事業のビジネス面の責任者と技術面の責任者に出席いただき、また、いずれかを知財担当の責任者として決めていただくのが理想です。実行力をもって、ビジネスと整合した特許出願を完成させていくためには、スタートアップの強いコミットが欠かせません。

役員などの貴重な時間を割いてもらうとなれば、いかに特許出願完了までの負担を減らせるかが大切な視点となります。事業計画とそれを実現するための技術をそれぞれじっくりと聞いて、特許出願の対象とする発明を特定することができればよいのですが、そうもいきません。初回ミーティングの1時間である程度の出願可能性の感触を伝えるためには、効率性が求められます。

これまでの経験から、次の7つのポイントについて最初に確認し、それから事業や技術について適宜詳細を聞いていくと上手く進むことが多いです。

ポイント1 ローンチ予定のプロダクト又は追加予定の新機能の概要

スタートアップのみなさんには「新規性」が特許性の一要件であることがあまり知られていません。

どういったプロダクトをこれから提供するのですか?

既存のプロダクトにどういった新機能を追加するのですか?

という問いをすることによって、大前提として、特許出願日において新しくなければならないことを理解頂けているかどうかが分かります。

ポイント2 開発状況

まだプロダクトないし新機能が公開されていないとしても、逆に、開発が進んでいないことも少なくありません。大きなコンセプトはあるのだけれども、言ってみれば願望に留まっていて、それをどのように実現していくのかを模索中であれば、発明はまだ生まれていないことになります。

今どこまで開発は進んでいますか?

サービスの提供開始はいつを予定していますか?

という問いをすることによって、発明の成熟度のようなものをおさえることができます。

デモ版が出来上がり、動作を見させていただくことができるとスムーズに進みますが、まだその手前にいるときには、どのように対応していくのがよいか、発明は生まれているか、生まれていなければこれから数か月で生まれてくるであろう発明を公開前にきちんと説明してもらえるかなど、うっかり発明が公開されてしまう事態を避けるために留意していくことになります。

ポイント3 開発体制

開発状況と共に、開発体制を聞くことも大切です。社内に主力エンジニアがいるのか、あるいは外注なのか、事業責任者と開発責任者の関係性といったことを知ることができると、開発予定の実現可能性に目星をつけることができます。CEOとCTOがミーティングに参加している場合には、

お二人はいつからのご縁なのですか?

といった質問もしてみると有益であることが少なくないでしょう。

ポイント4 顧客が抱えている痛み

ビジネスも発明も、課題があり、それを解決するものである点で同一です。ビジネスからみると、それは顧客がどのような痛みを抱えているのかということになります。

ターゲット顧客は何に一番困っているのでしょう?

という問いをすることによって、発明を特定していく上での前提である課題の特定につながります。この際、スタートアップは当然大きな市場を狙いたいという事情がありますので、想定する顧客を広くおっしゃることが多々あります。そこを一段深堀りして、

今後1、2年の事業で主な顧客としてみているのはどのあたりですか?

という問いをすることにはとても価値があります。

ポイント5 なぜ今か

イノベーションは時代と合っていて初めて実現することが多いです。早すぎても遅すぎても、プロダクトの爆発的な普及は起きにくいでしょう。必ずしも、今でなければならない強い理由があることがスタートアップの成功条件ではありませんが、ディープラーニングという技術的なブレークスルーによってAIに今再び光が当てられているように、また旅館業法の規制緩和によってAirbnbのような民泊に日本でも注目が集まっているように、今そのビジネスを立ち上げるから成功するのだと言える構造的な背景が時としてあります。

なぜ今までこのビジネスはなかったのでしょうか?なぜ今なのでしょう?

とうい問いをすることによって、従来技術の把握にもなり、また、マクロな視点でビジネスを理解するヒントになります。

ポイント6 課金ポイント

スタートアップのビジネスは、最初は無料でどこかのタイミングで有料化というケースもよくありますが、いずれにしても、いずれ収益を上げていくわけですので、誰かに対して課金することとなります。

課金する上で直接的に重要な機能を支える技術について権利取得をすることができれば、競合企業も同様の収益モデルを実現しようとすれば同じ課金ポイントを設定したいはずですので、ビジネスモデルの模倣の抑制に効果的です。

このサービスは誰からお金をもらうのでしょうか?

という問いをすることによって、ビジネスモデルの全貌が見えやすくなります。

ポイント7 特許への期待

スタートアップのみなさんは、特許制度についての断片的な情報に触れて、そして何らかの接点で弁理士と出会い、相談に来ます。ときには、出願をすればすぐに権利が手に入るように思われている方もいらっしゃいますし、特許権を取得できれば自社で実施する上で特許問題はなくなるように思われている方もいらっしゃいます。

特許への取り組みからどういったメリットを期待なされていますか?

という問いをはっきりとすることによって、情報ギャップから生まれる相互の誤解を減らすことができ、また「競合である○×との差別化をしたい」というように競合企業についてのインプットを受けることができる場合もあります。

おわりに

いかがでしょうか。おそらく、初回のミーティングで特許に取り組む意義を感じていただけないと、依頼を受けることは難しいです。20社程度ご依頼を頂けた背景にはそれ以上の数のご依頼頂けなかった出会いがあります。

初めて会った1時間でしっかりとコミュニケーションが取れれば継続的な関係が生まれ、1件目に留まらず、次の発明についても開発段階から話を聞いて、適切なタイミングで出願要否のアドバイスをしていくことも可能となります。

7つのポイントは一例ではあるとしても、スタートアップ側には役員レベルで知財担当を決めてコミットしてもらうと同時に、弁理士側では効率的に情報を引き出すための問いをしっかりと用意してミーティングに臨むことで、スタートアップと弁理士との間にあるギャップを縮めていくことができるように感じています。

スタートアップ支援に取り組まれる弁理士又は弁護士の先生方にとって、1つでもご参考になるポイント、問いがあればと嬉しいです。

2021年2月13日追記 初回ミーティング時に発明がまだ生まれていないことも多く、現在は、そうした状況から特許出願に適した発明を認識するまでのプロセスを数か月かけて行うプランを提供しています。また、発明が生まれているとはどういうことかについてはこちらの記事で解説しています。