2023年、カリフォルニア大学バークレー校の Gerbrand Ceder 研究室は、自律実験室「A-Lab」*1により17日で41個の新規物質を合成したと発表し、大きな注目を浴びた。もっとも、この「41」と「新規」という言葉は、後で見るように2026年の訂正で見直されることになる。
同じ時期に、Google DeepMind による GNoME(Graph Networks for Materials Exploration)*2は38万個の新規とされる安定な結晶構造の予測を、Microsoft による MatterGen*3は所望の物性から結晶構造を直接生成する生成モデルをそれぞれ発表した。
こうした一連の研究開発プロセスの革新は、Self-Driving Laboratory(SDL)と呼ばれる試みであり、人間のひらめきでは辿り着けない新規材料の開発が期待されている。
この動きは、いまや研究室の関心事に留まらない。米国科学技術政策局(OSTP)の報告書『Science: A New Golden Age』(2026年7月)*4は、通常20年ほどを要する材料開発の時間を「一桁(an order of magnitude)」縮める技術として自律実験を戦略の中心に据え、冒頭の「A-Lab」、それからArgonne の材料評価のモジュール型ロボット「Polybot」をプロトタイプとして名指しした。人間の手を離れて材料開発を10倍速で回すことは、いまや米国の国策になりつつある。
本記事では、新規材料に着目してSDL関連の米国特許文献を読み解き※、特許情報には偏りがあることを受け入れつつ、その現在地を探る。まだその数は多くない。しかし、今後どこに向かうのかの道しるべになるだろう。
研究開発プロセスの分解
研究開発プロセスを革新するSDLは、1000個試して1つ有望な材料が見つかるかどうかという材料開発の効率化を目標とし、分解すると以下のようにみることができる。
研究開発の4段階
1. 仮説生成 — 次に何を試すかの候補を生成する
2. 仮説選定 — 各候補の特性を予測して有望な候補を選び出す
3. 作製 — 選択した候補の材料を実際に作製する
4. 特性評価 — 作製した材料の特性を評価する
仮説を立て、作製した材料を評価し、次の仮説に繋げていく。大きくこのように捉えられる一連の流れを分解して、特許情報を見ていく。
4段階の現在地
まず、見取り図を示しておこう。作製の自動化はすでに進んでいる。難しいのは残る三段階―仮説生成・仮説選定・特性評価―であり、冒頭に挙げた三つの論文は、後述するように、まさにこれらの各段階で綻びを晒した。
ロボットが自動化する「作製」
ノースカロライナ州立大学の Abolhasani らによる “Modular Flow Reactors for Accelerated Synthesis of Indium Phosphide Quantum Dots” と題するUS2023/0021452*5は、リン化インジウム量子ドットをコンピュータ制御で連続的に合成するモジュール型フロー反応器だ。
有望な候補として選ばれた材料を実際に作製するために、人間の手順をロボットが解釈できる形へ変換する研究もある。グラスゴー大学の CroninらのUS2023/0173450*6は、自然言語で書かれた合成手順を機械可読な化学記述言語(XDL)に変換し、ケンタッキー大学の MahmoudiらによるUS2025/0389690*7は、人間が設計したワークフローをロボットアームの動作へ翻訳する。
ヒューマノイドが工場で自動車を組み立てるように、研究者の手足として実験を行う作業は、すでに自動化が現実になりつつある。
AIによる自律的な「仮説生成」
グラスゴー大学の Croninらは、”Autonomous Exploration” と題するUS2025/0118394*8において、進化計算を用いて金ナノ粒子合成の反応探索を示した。また、”Artificial Intelligence-Simulation Based Science” と題するUS2024/0370608*9には、科学シミュレーションとAIの融合を掲げる Pasteur Labsによる、所望の特性から材料の構造を導く逆設計が示されている。
これらは、研究者の作業の自動化(automation)ではなく、自律化(autonomy)だ。
だが、自律的に候補を生み出せることと、その候補が本当に新しいことは別だ。
冒頭のMatterGenは、目標の物性から結晶構造を直接生成する生成モデル(拡散モデル)だが、拡散モデルは学習データのもつ分布に引き寄せられる。Juelsholt の指摘どおり、Microsoftが実際に合成してみせた TaCr₂O₆ が1971年に報告済みの相(phase)と同一で、その相が学習データに含まれていたことは象徴的である*10。「生成できる」ことは、学習データの外で「真に新規なものを生成できる」ことを必ずしも意味しない。
探索空間の内側で進む「仮説選定」
作製すべき材料の信頼できる候補の仮説が立てられたとして、その数が数十万個と多ければ、ロボットを最大限活用しても実験による検証は非現実的である。そこで、各候補の特性を実験前に予測する研究が進んでいる。
メリーランド大学の Takeuchiらは、US2022/0407001*11において、各候補の特性をガウス過程回帰により予測し、次に測定すべき材料をベイズ最適化により選び出した。少ない実験で最適解に近づける強力な手法だが、その予測が効くのは既知のデータにより定まる探索空間の内側に限られる。
冒頭のGNoMEも、この延長にある。対称性を考慮した元素置換に加え、ランダム構造探索でも候補を生み出し、グラフニューラルネットが安定性を予測して選別する。生成は大量に行われ、その安定性予測は学習分布の外へも汎化すると報告される。だが、選び出された「新規」の多くは、Cheethamらの指摘するとおり、既知構造の些末な変種にとどまり*12、真の新規性と合成可能性は、実験で確かめるまで保証されない。
理由は根が深い。
代理モデルであってもシミュレーションであっても、in silicoの手段は最終的な結論を導くことができない。データから学ぶ代理モデルは、あくまで実験の「代理」であって、学習に用いたデータの外側では信頼性が低い。一方、第一原理計算などの物理法則を組み込んだシミュレーションは、理論的には物理法則を頼りに実験データのない領域も探索することができる。だが、たとえば、合成可能性といった肝心なところでは不透明になる。
真に新しい材料は、結局のところ実際に作製し、測定して確かめるしかない。これこそ、「実験室」そのものが自律化されねばならない理由である。
人手を排除できない「特性評価」
作製された材料の特性を計測すること自体は、自動化が進んでいる。ノースウェスタン大学の MirkinらのUS2025/0155414*13は、触媒ライブラリを反応性の薄膜で覆い、触媒反応の生成物を蛍光シグナルに変換して、多数の触媒の活性を一枚の画像から同時に読み取る高速スクリーニングである。30分で9万点を並行評価した。
しかしながら、測ったデータを「解釈する」段階になると、話は変わる。
冒頭の「A-Lab」の綻びは、まさにここにあった。合成物が何かを見極める相同定を、XRDパターンからの自動解析―畳み込みニューラルネットとパターン照合―に委ね、人手を外した。論文の公開後、この回折による同定と「新規(novel)」という主張に疑問が寄せられ、著者らは2026年1月に訂正を出した*14。題名の “novel materials” を “inorganic materials” に改め、”novel” は「科学的に新規」ではなく「予測プラットフォームにとって新しい」の意だったと釈明した上で、手作業で回折パターンを再解析したところ、報告した40例中36例は正しく同定されていたと論じている。
上述のメリーランド大学によるUS2022/0407001は、測定曲線からバンドギャップを取り出す解析に専門家を残すHITL(human-in-the-loop)である。測定は自動化できても、その解釈を人手なしで次の仮説生成・仮説選定へ繋げ、実験のループを自動で回すところまではまだ到達していない。
自律実験のこれから
現状を整理するとこうだ。
作製の自動化は進んだ。だが残る三段階には、それぞれ綻びがあった。
仮説生成は、候補を生み出せても、学習データの外、すなわち真に新規なものを出せるかは未実証である。仮説選定では、代理モデルの予測が効くのは既知のデータが定める探索空間の内側に閉じている。特性評価は、計測こそ自動化できても、測定を「解釈する」段階に人手が残る。
モデルは高度化する
各段階を高度化する研究は着実に進んでいる。
仮説生成については、トランスフォーマーアーキテクチャの大規模言語モデル(LLM)を使う試みがある。AntunesらのCrystaLLMは、結晶構造を記したCIFテキストをLLMに自己回帰的に生成させ、組成から結晶構造を直接描き出す*15。
仮説選定では、第一原理計算などのシミュレーションで関心領域の材料を多数創り出して人工のデータベースを築き、その領域の限られた実験データで転移学習(transfer learning)させて予測モデルを鍛える試みがある。材料データの乏しさに転移学習で応える系譜だ*16。また、Graph Transformer―トランスフォーマーアーキテクチャを取り込み、結晶の遠距離の構造まで捉える新しいモデル―が、特性予測の質と精度を押し上げつつある*17。
これらは、探索空間そのものを押し広げていく。学習データに縛られてきたモデルが、やがて未知の材料へ手を伸ばす―まだ未来の読みだが、そこに注目が集まっている。
自律的なループを束ねる
もっとも、自律実験のループを阻むのは計算の側だけではない。
米国OSTPの報告書*4は、隘路が物理の側にもあるとする。装置産業の寡占と囲い込まれたデータ形式の下で、研究者は機器同士を繋ぐだけで数ヶ月を溶かす―だから、標準化されたインターフェースとデータ形式のために装置の再設計が必要である。自律実験のラストワンマイルは、モデルの高度化とともに、機器そのものの進化にかかっている。
各工程を一つのループへ束ねる手法も、すでに構想されている。Forschungszentrum Jülich の Malek らによる “Orchestrator-Based Research and Development System, and Method for Operating Same” と題する US2026/0162035*18は、計測器・シミュレーション・文献という異種の資源を一つの目標へ向けて協調させ、直前の結果から次の実験を選び続ける「指揮者(オーケストレータ)」だ。その要は、バラバラの語彙・単位・形式で書かれたデータを、定義されたオントロジーの上で一つの知識グラフに束ね、横断して推論できるようにする点にある。米国OSTPが説く装置側の標準化に対し、こちらは意味の側から相互運用を可能にする発想だ。
作製と計測は、すでに機械の手に渡りつつある。
残る最前線は、生成・選定・解釈を一つのループへ束ね、人手を介さずに回し続けること—自律実験の現在地は、今まさにその入口にある。
注
※ 本記事で引用したSDL関連の米国特許文献は、2020年1月1日以降に出願されたものを対象に、PatentSQUAREを用いて2026年7月26日に検索した。
*1 N. J. Szymanski et al., “An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of novel materials,” Nature 624 (2023)
*2 A. Merchant et al., “Scaling deep learning for materials discovery,” Nature 624 (2023)
*3 C. Zeni et al., “A generative model for inorganic materials design,” Nature 639 (2025)
*4 Office of Science and Technology Policy (M. Kratsios), Science: A New Golden Age, July 2026
*5 US2023/0021452, North Carolina State University, Milad Abolhasani et al., “Modular Flow Reactors for Accelerated Synthesis of Indium Phosphide Quantum Dots”
*6 US2023/0173450, The University Court of the University of Glasgow, Leroy Cronin et al., “Automated Chemical Synthesis Platform”
*7 US2025/0389690, University of Kentucky Research Foundation, Siamak Mahmoudi et al, “Man-to-Machine Interface Toward Automated Electrochemistry Experiments”
*8 US2025/0118394, The University Court of the University of Glasgow, Leroy Cronin, “Autonomous Exploration”
*9 US2024/0370608, Pasteur Labs, Inc., Alexander Lavin, “Artificial Intelligence-Simulation Based Science”
*10 M. Juelsholt, “Continued challenges in high-throughput materials predictions: MatterGen predicts compounds from the training dataset,” Materials Horizons 13 (2026)
*11 US2022/0407001, University of Maryland et al., Ichiro Takeuchi et al., “Novel Nanocomposite Phase-Change Memory Materials and Design and Selection of the Same”
*12 A. K. Cheetham et al., “Artificial Intelligence Driving Materials Discovery?,” Chem. Mater. 36 (2024)
*13 US2025/0155414, Northwestern University, Chad A. Mirkin et al., “Reactive Thin Film Coatings on Catalyst Libraries for High Throughput Screening”
*14 N. J. Szymanski et al., “Author Correction: An autonomous laboratory for the accelerated synthesis of inorganic materials,” Nature 650 (2026)
*15 L. M. Antunes et al., “Crystal structure generation with autoregressive large language modeling,” Nature Communications 15 (2024)
*16 T. Tadano et al., “Accurate screening of functional materials with machine-learning potential and transfer-learned regressions: Heusler alloy benchmark,” npj Computational Materials 12 (2026)
*17 K. Yan et al., “Complete and Efficient Graph Transformers for Crystal Material Property Prediction,” ICLR 2024
*18 US2026/0162035, Forschungszentrum Jülich GmbH, Kourosh Malek et al., “Orchestrator-Based Research and Development System, and Method for Operating Same”