スタートアップ原告の日本初特許訴訟が問いかけたもの 補章1 | スタートアップ知財の12年

特許権の意義は、侵害者に対して差止請求権・損害賠償請求権を行使できる点だ。

侵害行為を停止させ、侵害行為によって得た利益を吐き出させ、無断の模倣を抑止することができる。スタートアップであっても、自社事業を支える発明について特許権を手にしていれば、相手が誰であっても戦うことができる。

理想としてはそのように語られる特許権も、日本においてスタートアップによって真に活用された例がどれだけあるだろうか。

スタートアップが特許権侵害の警告を受けることはある。しかし、自ら原告として攻めに回り、差止めと損害賠償を求めて法廷に立ったスタートアップは、日本にはほとんどいない。理念として語られる特許権の力が表立って発揮された実例は乏しい。

2016年、その数少ない例外の一つに私は当事者として関わった。この事件は、原告一審敗訴で確定した。

評価を入れることなく当時の反響を記録として紹介した上で、改めて特許の意義を見つめ直す。

否定的な反響

「ゴミのような特許の新規性が理解できない」

「ソフトウェア特許は害悪」

「こんなくだらない事やってる暇あったらもっとシステム使いやすくしろよ」

「健全な発展のためにも個人的な好みからも歓迎していない」

「横のつながりが重要で特許訴訟で業界から干されたら困る」

「事業をより加速することに集中するため特許など不要」

「ぜひ特許無効審判で無効になってほしい」

これらは当時、私がリアルタイムで見聞きした言葉だ。

肯定的な反響

肯定的な反響もなかったわけではない。

「ビジネスモデル特許の重要性が再認識される契機になった」

「とにかく開発で先行してシェアを確保し、顧客を囲い込むことを最優先させる経営者が多い中で、この訴訟はその意識を変えるかもしれない」

「今の感覚をもって当たり前だと言うのは後出しジャンケン」

「特許が活用されていない中で、思い切った経営判断だと感じる」

「特許は競合が類似サービスを出す際の牽制になる」

ジェフ・ベゾスの一言

Amazon.comがワン・クリック特許で競合の大手企業を提訴して差し止めた後、ジェフ・ベゾスはこのように語っている。

発明の意義は模倣の難しさではなく、問題を新しく捉え直すことだ(The significance of an invention isn’t how hard it is to copy, but how it reframes the problem in a new way)

私は、個人としてこの発言に共鳴する。

後から見たら「私にも実装できる」とおもえたとしても、特許制度はそのような点を評価していない。

特許の出願時点において、いかに解くべき問題を見出すか、そしてそれを新たな視点から解決して有意義な製品を世に提供するかが評価される。そして、最初にそのような製品を生み出した者に権利を与え、さらなる挑戦を支えるのが特許制度だ。

生成AIによって実装が瞬く間に可能となった今、企業の優位性は実装から着想に確実に軸足を移している。「とにかく開発で先行する」ことはもはや参入障壁(moat)にはならない。特許は重要だと感じるようになったという声を起業家から聞く機会も増えている。

今、ジェフ・ベゾスの一言を前に、ソフトウェア特許は皆の目にどのように映っているだろうか。

特許である必要は必ずしもない。特許への取り組みが必ず成功するものでもない。

だが、自社のmoatは何かという問いに向き合ったときに特許は有力な選択肢になるのではないだろうか。

10年経って私はその想いを一層強くしている。

「スタートアップ知財の12年」は、スタートアップの知財に12年以上向き合ってきた弁理士が、その実践と問いを語る連載です。

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著者

大谷 寛(Kan Otani)

弁理士 / 森田・大谷特許事務所共同設立者

2013年よりスタートアップのための知財形成に取り組み、多数のスタートアップの特許出願を手がける。2025年に森田・大谷特許事務所を設立し、生成AIを活用した知財実務の高度化に注力している。慶應義塾大学理工学部卒、ハーバード大学大学院修士(応用物理学)。2020年第1回IP BASE AWARDグランプリ受賞。IAM及びManaging IP選出の日本を代表する特許専門家。